しばらくして、別れたクルマに会いたくて「幸せの黄色いハンカチ」の夕張まで行った。友人の家の車庫に、あの「じゃじゃ馬ジープ」はあった。懐かしかった。夕張の町をひと回り運転させて貰って、今度は本当に別れを決意した。もう涙は出なかった。けじめをつけたその後は夕張にはしばらく行っていない。「男はつらいよ!」
2台同時車検(男はつらいよ!)
僕の庭にはFRの乗用車とジープがあった。その日その日でとっかえひっかえ乗ってはいたが、いざ車検となると1ナンバーのガソリン車のジープは1年毎、FRの乗用は2年毎に車検と毎年、毎年が車検と言う訳で、しかも2台同時の時にはさすがに参った。それでなくても古いジープはダイナモやセル、クラッチ、エンジンの乗せかえとリッター2.5kmの高燃費なども含め、年間100万ほどの維持費がかかった。そこでジープは庭に放置、乗用のみ車検を取り、経済的な頃合を見計らってジープの車検を取った。古い車は「金食い虫」と手放すことにした訳だが、友人に譲ったときは、別れ際に涙が出たものだ。「Jeep!Come Back!」。姿が見えなくなるまで立ち尽くした。
「男はつらいよ!」
11tダンプ牽引騒動?
石狩川の河口の防波堤に向かってジープを走らせていると、11tダンプがベッセルを上げて前後にもがいていた。巨大なダンプに比べればジープは華奢なクルマだ。運転手さんに「引っ張りますか?」と声を掛けたが首を振った。帰り道、まだダンプカーは居た。「やっぱり引っ張りますか?」と言うと、運転手さんは半信半疑の顔で承諾した。ダンプカーからワイヤーを取り出し牽引フックが付いていないジープの「コの字バンパー」に通して引っ張ることにした。運転手さんはムリと思っていたに違いない。僕は4WDのLowにシフトレバーを入れてアクセルを踏んだ。ダンプカーが砂地獄から動いた。運転手さんも僕も感動した。薄い鉄骨バンパーはワイヤーが喰い込んでしまった。修理を申し出た運転手さんに、僕は「いいから、いいから」と手を振ってカッコよく分かれ、その足で知り合いの修理工場で溶接。カッコよさの代償は高くついた。
「男はつらいよ!」
ワイルドなジープ
僕が貰ったジープは、戦車のようなガチガチのクルマだった。幌タイプでラジオも聞こえない位気密性は悪かったが夏はフルオープンにして開放的で楽しかった。まるで暴れ馬のドライブ感覚で、クラッチはダブルで踏み込まないとつながらなかった。事前情報不足で公道をウインドウシールドを倒して交通取締り中の警察官の前を通過していた。違反と気づかなかったのは僕よりも警官の方で、その場は助かった。ホイールベース(前後の車軸間隔)が短いため山岳道路にはお腹がつっかえず良いのだが、アイスバーンでスピーンし、後ろ向きになったこともあった。派手な複葉機のイラストがペイントされたボンネットにも飽きて、米軍のミリタリー仕様にすることに決め、地金が現れるまで塗装を剥離して下地専用塗料で塗装の後、米軍横流し?のオリーブドラブの補修用スプレー缶をミリタリーショップで大量に買占め全塗装した。ボンネットにはB1サイズのイラストボードを型抜きして大きな白い円に白い星の米軍マークを吹きつけた。ボディサイドにも白い星を入れガソリン補助タンクにも星を入れた。全く米軍そのものになったジープで仕事の足にも使ったが、恵庭近辺で自衛隊の兵員輸送トラックの後ろに着くと隊員さん達にジロジロ見られて恥ずかしかった。このジープで冬の帯広へ撮影取材の帰りに日勝峠で吹雪かれ小さなワイパーは上滑りし危険な目に遭った。
芸は身を助く。
僕はクルマには「ツイテいる」。それまで大嫌いだったTVドラマを何気に見てしまった。フジTV系の「ご近所の星」と言うドラマの中で高円寺のフリーペーパーの取材記者役の三浦友和さんがJ2型ジープに乗っていた。或る日の番組最後にこのドラマのシンボルマークを一般公募し、賞品はドラマの中で友和さんが乗っているジープだと言うので、隣にいた幼い息子に「ジープ貰ってやろうか?」と言ったら息子がうなずいた。デザイナーの僕はその日のうちに官製はがき2枚の裏にポスターカラーと烏口コンパス、面相筆などを駆使して2点のマークを作成。デニム生地風の下地にステッチの輪郭を入れた星型マークの中にドラマタイトルを入れて投函した。年が明け、すっかり忘れていたところに、フジテレビからの電話でジープの当選を知った。何でも2万通ほどの中から2点とも最後まで残ったらしい。ドラマの出演者で三浦友和さんや十朱幸代さん、船越英治さんなどが審査員だ。友和さんと百恵ちゃんの結婚直前の年だったが、フジテレビで友和さんと会い、二人で雑誌や新聞の取材を受けた後にジープのボンネットに友和さんのサインを入れて貰った。雑誌やTVで知った全国各地の古い友人たちからたくさん電話があった。J2は古いタイプの4WDで、通常のシフトチェンジ用、4WDとFR切り替え用、HiとLowの切り替え用のシフトが3本もついていた。あれだけ欲しかった4WDをついに手に入れた。
三浦友和さんのジープ
僕はクルマには「ツイている」。冬の北見峠で危ない目に遭って網走に夜到着。予約も無しに宿を探した。幸運にも政府指定の観光旅館に一部屋空きがあった。新鮮な魚介鍋料理は寂しい一人旅の心に沁みるご馳走だった。1月3日、雨の網走に流氷は接岸せず、写真は一枚も撮れずに札幌に帰ることにした。釧路経由で走りっ放しで札幌に帰ったが、ソファにうつ伏せのまま暫く動けなかった。ドライバーズシートが柔らかく、お尻がめり込んで蒸れたため痔になってしまった。極寒のアイスバーンのFR車での長距離走破で冬の運転に自信がついたが、北見峠で遭遇したあの時のスバル4WDがうらやましかった。そんな正月休みを終え出社するとフジテレビの女性ディレクターから「おめでとうございます。友和さんのジープが当選しました・・・」?と電話が・・・。ジープといえば4WDだ。受話器片手に喜びで足が震えるのを覚えた。
冬の北見峠?(間、一髪!)
1972札幌冬季オリンピックの時、スバルの5ドア4WD車が五輪のオフィシャルカーとして活躍した。あの時競技場の恵庭岳や手稲山でスバルの4WD車をよく見かけた。当時ジープなどRVタイプ以外の乗用車タイプの4WDは珍しく僕もあこがれた一人だった。いつかは4WDに乗ってみたいと思い続けていたが、数年後の正月、一台目に購入の新車のFR車にカメラ3台、防寒具、ガソリン補助タンクを積んで一人で網走まで写真撮影に出かける途中の出来事だった。珍しく雨まじりのシャーベット状の北見峠の急な上り坂はFR車には後輪のグリップをやっと保つほどでアクセルのコントロールに気を使った。右カーブに差し掛かった時、山陰から大きく膨らんで曲がってくる対向車に一瞬ハンドルを左に切って避けようとした途端、僕のFR車は左外に流され雪に突っ込んで、一瞬にしてフロントガラスが雪で見えないまま停まった。何が起きたか理解できず、恐る恐るドアを開けた。意外にも元の道路に戻っていたのだ。夢中でカウンターステアを切っていたのか?僕のクルマの脇をスバルの4WDに乗った若者のスキーヤーがゆっくり眺めながら走り去った。ライトもガラスも割れず、クルマも僕も無傷で済んだが、状況を見て驚いた、峠の除雪作業車が谷に落とし切らずに残した雪山が僕を救ってくれたのだった。あの雪が残されていなかったら、谷底に転落していたと思った瞬間、頭の血がサッと引いたのを今も鮮明に覚えている。あれだけ用意周到で、安全に日中の峠越えを考えていたが、真冬の峠はいつも危険がはらんでいる。下りの車にしても、大きく膨らんだ原因は路面状況とスピードの出しすぎだと思われる。この時、すれ違ったスバルを見て、4WD車の30万円の差額も、人命を考えれば、決して高い買い物ではないかと感じたものだ。
空飛ぶスバル?(手稲山編)
親子ほど年の差があった飛行機乗りの兄から聞いていた日本の零戦(0式戦闘機)は、軽量で運動能力に優れていて敵機には恐れられる存在だったらしい。それで6,000円のサニーの鉄板の薄さにも、零戦の血が?と、うなづけた。終戦後の日本は、飛行機作りの優れた技術をクルマの製造に向け、戦車の技術を建設機械に向けた。大国相手に戦った日本やドイツは敗戦後は工業大国に急成長している。技術力を海外に拡げ、工業後進国に指導した。その国々も今では日本を脅かすほどに発展している。僕は仕事柄、カメラマンと空撮に同行しセスナに乗ることも多かった。標高500mくらいの手稲山のスキー場空撮の時は何度も何度も旋回して、ようやく頂上まで上昇した。パイロットに聞いたが、エンジンは小さなスバルだと。大阪で従兄弟に乗せてもらった前開きドアのスバル360(ビートル)を思い出した。
新車販売アイディア(駐車場つき新車販売?)
僕が最初に新車を購入した際に、ムリを聞いてくださった某ディーラーのS課長さん、あの時はありがとうございました。そこでディーラーさんへ僕の提案ですが「駐車場つき新車販売」と言うのはどうでしょうか。都心に勤務しているサラリーマンにとって駐車場は大きな負担になります。都心のディーラーさんに限らず、地下鉄やJRターミナル至近のディーラーさんの新店舗や、リニューアルの計画があるなら、大規模な立体駐車場と一体のショールームを建築することが販売促進にもユーザーの囲い込みにもなります。パチンコ屋さんにある、あの手の大駐車場です。朝クルマを駐車してサービス・フロントにキーを預け、途中入出庫も可能で、点検整備等は帰りには完成しているとか、給油や電気自動車ならチャージもできるシステムです。無料なのか廉価なのかは別にしてユーザーの要望には応えることができるのではないでしょうか。さらには、シーズンオフのタイヤも預かって貰えればマンションなどに住むユーザーにも歓迎されます。以前にメーカー系のディーラーさんの専務さんに一度お話したことがありましたが、未だ実現していません。ユーザーの駐車期限を2年間とした場合、クルマのマイナーチェンジやフルモデルチェンジの際の買い替え促進や新規ユーザー獲得策としても有効ではないでしょうか。もちろん駐車場内でのトラブルはユーザーの責任だが、保険ビジネス上、防犯監視カメラ設置で集中管理もお薦めしたい。
駐車場つき新車?(月末締め日購入編)
或る日、自宅のシャワーで汗を流し一息ついた時、急に一台目の新車が欲しくなった。25日の日曜日の夕刻だった。あれほどアレコレ迷った車種だったが、もうサニーでもカローラでも何でも良かった。電話帳から探すことにして手に取ると、裏表紙になんと某ディーラーさんの2分の1ページ広告が掲載されていた。「渡りに舟」と探す手間が省けたので早速、会社に近い拠点に電話すると、営業部のS課長さんが電話口に出られた。僕「一番~安~いクルマありますか?」、課長さん「有りますけど、二番目に安いクルマをお薦めします」、僕「どうしょうかな?」、課長さん「一番安いグレードは、リヤウインドウに熱線が無いので冬場に雪が積もって見えなくなり北海道向きじゃあないんですよ」、僕「わかりました、じゃぁ検討します」と、電話を切ろうとした時、課長さん「待ってください!月末で後1台なんです!今買っていただければ何でも言うこと聞きますから」と。僕「エアコンがあればいいですよね・・・・・・」、課長さん「いいですよ」、僕「それから・・・・・もう一つだけ無理なお願いがあるんですが・・・」、課長さん「何か・・・?」、僕「御社と会社が近いので駐車させてもらえませんか?・・・・・」、課長さん「いいですよ・・・実は今日は月末締め日で、営業も全員出払っていて、私は彼らからの報告待ちで出かけられないので、今すぐ判子持って来ていただけるなら」と。僕はすぐに自前全塗装のサニーで出かけて契約した。さすがにサニーは査定どころか廃棄処分料が必要だった。それから僕は毎日会社へクルマ通勤し、すっかり運転が身についた。1年半ほど駐車させていただいたが、さすがに気が引けて、他に駐車場を契約した。月末になるとこんな事を思い出す。「S課長さん、あの時は我がままを聞いてくださり、本当に、ありがとうございました」