悪魔のジョーク?

新車を購入した直後のこと、ディーラーさんの駐車場にバックで入れている時、何やら鈍い音が『ガリッ!』とした。停めて降りて見ると、大きな看板の基礎部分のコンクリートで左ボディをこすってしまった。慣れないクルマと入れ慣れない駐車場とは言え、こんなコンクリート魂の基礎があるとは、まったく把握していなかった。ガッカリしているその時、僕と顔なじみのディーラーさんの『悪魔君』がつぶやいた。『看板、大丈夫だったかなぁ~?』と。僕は腹いせに『基礎の修理代いくら・・・?』と、彼『100万もあればいいんじゃな~い?』、僕もすかさず『えっ!安っすいっすネエ~!』と応酬した。・・・『負けるもんか!』。

あの時はごめんなさい!

長い間クルマに乗っていると何度も何度も事故に遭遇する。その中でも接触事故で、お相手の方々に許していただいたケースが何度もある。お相手の方々はたいてい古いタイプのクルマの持ち主で、自分の車の心配より、意外なことに、僕のほうを心配してくれたのだ。一度は深夜MINIで右折する小路をやり過ごしバックしたら追突!MINIの後ろバンパーも少し、お相手の前バンパーに傷が。『すみません!』、『あんた疲れてるんじゃあないの?気をつけなさい~』、『修理させてください・・・』、『いいよ~古いから・・・』。二度目は冬の電車通りでスバル4WDがスリップ、前のライトバンのバンパーに接触。『申し訳ありません!』、『いやぁ大したことないよ、いいから、いいから、ところで大丈夫かい?』。三度目は、BMWで北一条宮の沢線(ロサンゼルス通り)の上り坂で信号待ちから青信号でアクセルを踏んだ途端、前の軽に追突!『すみませ~ん!』、『オレの方ははいいよ古いから、BMなら高いでしょ?』と。まだまだあるが、あの時の方たちに『あの時はごめんなさい!』と今もう一度心からお侘びしたい。路面状況の読み違いや、イベントで疲れていたり、信号での早まったアクセル・ワークの誤操作だったり、慣れから来る『だろう運転』が原因のほとんどだ。最近流行の自動ブレーキ・システムは僕のような、『ついウッカリ事故』を減少させることができるに違いないが、コンピュータや機械に頼り過ぎも危険かも知れない。今日も周囲に注意を払って『ゆずりあい運転』で。

白バイ隊員に感謝?(罰金は痛っ!)

スピード違反の罰金は痛いが、レーダー探知機やナビゲーションは決してつけたくない。理由は人間の感を無くしたくないからだ。今日は取り締まりをしていそうだ?、なんとなく気になる?、だいたいこの辺りかな?、など根拠は無いが『感』が当たった時は自慢したくなるほどうれしいものだ。若いときは遠視2.0の視力で遠くの方でレーダーを確認してゆっくり走り、レーダーのところで止まる位に減速して、サイド・ウインドウ・ガラスを下げ、オマワリさんに大きな声で『ご苦労さま~っ!』と言っていた頃が懐かしい。(バレバレになるとばかり迷惑そうなオマワリさん達の顔を思い出した・・・)年齢とともに『感』も鈍ったか、捕まることも多少増えた気がする。33℃もある真夏の石狩新港からサルサの曲にスピードも乗ってバイパスを猛速で降りると、追い越した軽トラからパッシングで合図された。直後バックミラーに仮面ライダーみたいなバイクが見えた。橋のたもとの影から白バイが現れたのだ。白バイも早いもので、急ブレーキの僕のクルマに100m以内にまで急接近し『レーダー照射!』85kmと計測された。僕『止めて頂いてありがとうございました!』、白バイ隊員『えっ???そんな感謝されたのは初めてであります?・・・』目が点に。僕『大音量で音楽かけて無意識にスピード出ていたみたいですね、事故るかも知れない前に止めていただいて感謝です』。手続きも超スピードで終わったが、僕たちの姿を横目に『オレは捕まらないぞ!・・・バ~カ!』みたいな得意顔で何台ものクルマが通り過ぎた。罰金はすぐに払ったが、青切符は交通安全お守りに入れてクルマに。『反省~!』。男はつらいよ~!

大型バスを止めたミニバン!

自宅に戻ろうと大谷地から北野あたりを走行中、片側二車線の右前方を大型バスが走っていた。薄暮で少し見づらかったが、二車線の中間の道路上にコーヒー缶のようなものが置かれているのが目に入った。『ヤンキーの仕業か?・・・?』と、その瞬間、大型バスの運転手は気づかなかったのかコーヒー缶をタイヤで引っ掛けてしまった。コーヒー缶は宙を舞い僕の新しい『プレーリー』のボディにぶつかって落ちた。その場でハザード・ランプを点け降りて見ると、案の定、ボディが引っ込んで傷ついているではないか。証拠品を回収して早速!追跡が始まった。二つほど信号を越えたあたりで大型バスを追い越してターン・シグナル・ランプで前に出、ハザード・ランプを点灯しながら窓から手で左に寄るよう合図。大型バスの運転手もコーヒー缶を跳ねた事は気づいていたらしく、僕の差し出した証拠品とボディの傷を認めた。その日はバス会社も営業時間外と言う事で、夜は汚れたボディについた証拠の傷が雨に流されないようにガレージに入れ、翌朝一番にバス会社に証拠品のコーヒー缶持参で管理者と交渉。僕の購入ディーラーさんで完全に修理をお願いし、バス会社に請求してもらった。道路にコーヒー缶を置いた奴に言いたい『カンベンしないぞ!』。

『耳は目ほどにモノを見る?』(Jeepのトラブル編)

Jeep のエンジンの「カタカタ音」が若干気になったので、知り合いの整備工場の社長に聞くと彼は音を聞くなり『メタルが減ってるな・・・』と一言。翌日、僕は仕事で恵庭までJeepで行くことにしていたが、幹線沿いのJeepを扱う某ディーラーさんに立ち寄った。工場長風の方が対応してくれたが、症状を説明すると、『Jeepはそんなに簡単に壊れませんからね・・・」と元気付けてくれたので、そのまま恵庭に向かった。走行中の異音は続いていたが仕事を終え帰路に。すると、突然!北広島市街辺りで異音は『カタカタ』から『ガタガタ』と鳴り出した。とっさに整備工場を探して事情説明したが部品は無く、札幌に戻ることにした。整備工場の社長さん『ムリするとエンジンが焼きつくから40km/h以下でゆっくり走ればなんとか?札幌まで行けるかな?・・・』と言ってくれたので、ご忠告通り札幌へ向かった。大谷地の流通団地の下り坂でとうとうエンジンのパワー・ダウン。目の前に見つけたガソリンスタンドへギアをニュートラルにして惰性で転がり込んだが、閉店していて公衆電話も使えない。流通団地内で残業している会社を探して電話を借り、最初に診て貰った知り合いの整備工場の社長に助け舟コールを。若い社員が来てくれ、整備工場まで牽引してくれ助かった。メタルとはエンジンの回転軸を受ける砲金のことらしく、大砲などの砲身内などにも使用されている比較的軟らかい金属だと聞いている。長い間の乱暴なダート走行やエンジンの振動などで軸受けに負荷がかかり歪んで軸が軸受けの中で上下に動いていたらしい。やっぱり年季の入った町工場のベテラン社長さん達の言うことは正しい。彼らは耳でエンジン内部が見えるらしい。それだけの場数を踏んでいるから言い切れるに違いない。その後も彼は、ジャンク屋さんに行って廃車の同型エンジンを探してキャブレターにガソリンを垂らしてエンジンの調子を見た上で手に入れ、僕のJeepの心臓移植をしてくれた。彼には、ダイナモやセルモーターやクラッチ板、ボディ溶接までずいぶんお世話になった。彼らはトラックから乗用車まですべての整備をこなしているが、乗用車を持ち込むと『オモチャが来た』と言う。彼らは小型車はオモチャとして遊びながら整備作業を楽しんでいる。ちなみに麻雀でも僕は彼らに遊ばれっ放しだ。

『オーライ!』は、聞いてはダメヨ~。

昔、昔、カメラマンと苫小牧の樽前に写真撮影に行った帰りのクルマでの出来事。山の天気は変わりやすく、その日は雨と濃霧が立ち込めていた。国道に出るには踏みきりを渡らなければならない。目を凝らして踏みきりまでたどり着いた。僕は土手で見えない右側に注意を払っていたが、助手席のカメラマンが『左オーライ!』と言ったので信用してアクセルを踏みかけた。その時『ゴォー!』と霧の中から黒い鉄の塊のようなものが目の前を通り過ぎたのだ。間一髪!。もう少しでSLにペチャンコにされるところだった僕たちはお互いに顔を見合わせて蒼ざめた。それから僕は助手席の『オーライ!』を、決して信用しなくなったと同時に、仮に助手席の人が親切に『左オーライ!』と言ってくれたとしても、必ず思い出して『ところで、SLは来ていないかい?』と聞く。たいていは『キョトン?』としている。

一生は、そんなに長くはない。

僕の仕事柄、広告の仕事でお世話になっているクライアントさんの商品を知人に紹介することがよくある。一例をあげれば「輸入車」などの高額商品の場合だが、すすめると大抵は決まって『お金が出来たら・・・』との返事が返ってくる。お金持ちは別にして、この世にお金が有り余っている人は多くはないと思うが、人生は短い。僕の持論だが『気持ちのいい借金』は心を豊かにしてくれる。例えば高額なクルマの購入の場合は『残クレ』『据え置き型ローン』などの名称のローンプログラム(毎月の返済負担を軽減する)が今は主流だ。つまり全体額の60%ほどを分割返済し、残りの40%余りを最終回に一括返済、または車両を返却する方法だ。大抵最長5年(60回)ローンだから、5年後の車両の査定残価が40%前後と見ての設定だ。特に輸入車など高級車は5年後もそれだけ残価が高いと言う訳だ。但し5年後に事故や傷、走行距離が規定を超えた場合は最終回の据え置き額に査定差額のプラス分が加算される。このような場合で最終回の返済額の負担増などで困り返済できない僕のような人には残価をさらに2年ローンにする方法がある。規定走行距離を極端にオーバーした車両は中古車としても売りづらく、査定も下がるから乗り続けたほうがいいと思うし、最終的には再ローン完済時点(7年)で名義を自分に変更し個人売買の方法があるからだ。また、契約途中で同じディーラーさんの新車に乗り換えたい場合には3年目の車検が来ないうちに買い替える方法もある。この場合、車両下取り査定額は比較的高く見て貰えるため、簡単に新しい車両に乗り換える事ができるが、ローン残債の差額が加算されての再ローンとなり、毎月返済額は少し高くなる。このように高級車でもお得なローンプログラムで、まとまったお金が手元に無くてもすぐに契約はできるからローンの審査と車庫証明さえクリアになれば憧れのクルマにすぐにでも乗れる。『お金が出来たら』といつまでも好きなものを我慢するか、『気持ちの良い借金』で明るい毎日をいち早く手に入れるかの選択は自分自身の考え方だが、購入のタイミングは、3月決算期や、各メーカーの特別低金利実施期間の登録がより負担を軽くしてくれるから狙い目かと思う。僕はこの方法でBMW4台、MINIを1台の計5台に乗った。先日、ようやく借金ゼロになったばかりだ。
 

事故に役立つ特技!

僕は数字を記憶する特技があるが、或る冬のアイスバーンを時間を気にしながら急いでいた。交差点で前が詰まり、ブレーキでスリップし、前車のバンパーの角に接触!。僕は降車して駆け寄り「すみません!お名前教えていただけますか?」、彼「佐藤だ」と言い残して走り去ってしまった。追いかけたが渋滞で見失った。僕は「佐藤さん」、「クルマのナンバー」、「ディーラーさんのステッカー」、「車種」だけは把握していたので、まずはステッカーのディーラーさんに事情を説明して「佐藤さん」の所在をお聞きし、僕の自宅にも近い方だと知った。早速、菓子折を持って彼の勤務先の会社へ伺った。なんと大きなバス・タクシーの会社の部長さんだった。僕「今朝は、大変申し訳ありませんでした」。部長「えっ!あんた、どうしてここが判ったの?・・・」とびっくりしていた。僕「僅かで恐縮ですが塗装代受け取っていただけますか?」と菓子折と一緒に二万円を差し出すと、部長「いいよ、ウチは会社で塗装できるから」と、僕の方へ押し戻した。事故のお詫びのはずが、いつの間にか雑談で終始していた。

スリップ対処法!(自動車学校では教えない?冬道走行)

僕の運転はニュートラルを多用する。特に路面が滑る冬は直線路で信号待ちの為のブレーキング前や、ゆっくり曲がるコーナー、滑る下り坂などでは、シフトは N(ニュートラル)にする。Nと言う事はエンジンからタイヤへの駆動を絶つ事だから不安に思う人もいるかも知れないが、タイヤ回転速度が早すぎても遅すぎてもスリップする。つまり「自然に転がっている状態」が氷雪路では滑らず理想の走行と言う訳だ。μ(ミュー)だの、慣性だのと難しい説明より、クルマのタイヤを別なものに置き換えて説明すれば理解できると思う。四角い消しゴムを下敷きの上に置いたとする。乾いた下敷きの上では消しゴムは摩擦抵抗が高い為、押しても滑らない(夏の条件)。では下敷きを水で濡らしたらどうだろう?(冬の条件)消しゴムも濡らして指で押せば滑って行く。でも、消しゴムを「パタン!パタン!」と90度づつゆっくり回転させれば滑らず接地して前後に進む事ができる。タイヤは丸く接地面は少ないが、滑る前に接地面を置いてゆく消しゴムのように、氷雪路に転がせばスリップはしない。転がすには一旦、エンジンからの駆動力を切り離す。カーブでもNで惰性で回ることで横滑りを防げる。ただし速度によっては車重からの慣性が働き横滑りするから、手前の直線路でのスピード・ダウンが必須条件だ。N状態でのブレーキングでもABSは作動するし、急な時以外は、ブレーキ・ペダルを柔らかく踏めば止まってくれる。下り坂で滑りやすい路面で、ともすればシフト・ダウンして「エンジン・ブレーキを」と考えている人も多いが、これがスリップする。Nにしておいて、時々ブレーキングでスピード・コントロールしたほうが安心だ。

クルマメーカーへの提案!

平成の直前、僕は毎日、時間さえあれば、自宅デスクに向かってクルマの「アシスト駆動兼補助ブレーキ」についての研究をライフ・ワークにしていた。概要は北海道の交通手段「クルマ」が置かれている冬の危険な環境リスクからドライバーを守るための予防安全システムだった。ワープロも無い、もちろんPCも無い時代で、全て万年筆の手書きだった。それから2年目、意を決して東京の自動車メーカー本社の開発部門のN氏に大学ノート1冊にまとめて提案した。しばらくして自宅にメーカーのN氏から「ところでクルマ関係の方ですか?」と電話があった。僕「広告代理店勤務ですが・・・」。N氏「技術者を連れてそちらに伺いたいのですが」。僕「現在サラリーマンで仕事の都合もあるので、時間を作って、こちらから伺います」。会社に報告後、送られてきた航空券で、東京のメーカーに伺った。いくつもの応接室の中の一つに通されN氏と工場の技術者の方に面談。この件は特許庁で調べたが該当するものも無いとの事で、当時の副社長さんから「連名で特許申請を」と言われたとの事。「連名?」も腑に落ちなかったが、N氏「安全はお金になりますか?」の一言。僕「帰らせていただきます!レポートを全てお返しください!」。僕は翌日の一番機で北海道に戻った。2年間の僕のプランは一瞬にして消えたが、最近では、このメーカーがトップを切った形で、他メーカーも車種の一部に「似た部分」が採用されている。当時はエア・バッグがようやく採用され始めた頃だが「予防安全」が僕のテーマでした。北海道の冬のドライブで怖い目に逢っている僕の生命もお金では買えないので、出来ればリ・メークして新たに参入された自動車メーカーさんにでも提案したいと思う。