11tダンプ牽引騒動?

石狩川の河口の防波堤に向かってジープを走らせていると、11tダンプがベッセルを上げて前後にもがいていた。巨大なダンプに比べればジープは華奢なクルマだ。運転手さんに「引っ張りますか?」と声を掛けたが首を振った。帰り道、まだダンプカーは居た。「やっぱり引っ張りますか?」と言うと、運転手さんは半信半疑の顔で承諾した。ダンプカーからワイヤーを取り出し牽引フックが付いていないジープの「コの字バンパー」に通して引っ張ることにした。運転手さんはムリと思っていたに違いない。僕は4WDのLowにシフトレバーを入れてアクセルを踏んだ。ダンプカーが砂地獄から動いた。運転手さんも僕も感動した。薄い鉄骨バンパーはワイヤーが喰い込んでしまった。修理を申し出た運転手さんに、僕は「いいから、いいから」と手を振ってカッコよく分かれ、その足で知り合いの修理工場で溶接。カッコよさの代償は高くついた。
「男はつらいよ!」

ワイルドなジープ

米軍仕様(2015-02-04 16.30.12)僕が貰ったジープは、戦車のようなガチガチのクルマだった。幌タイプでラジオも聞こえない位気密性は悪かったが夏はフルオープンにして開放的で楽しかった。まるで暴れ馬のドライブ感覚で、クラッチはダブルで踏み込まないとつながらなかった。事前情報不足で公道をウインドウシールドを倒して交通取締り中の警察官の前を通過していた。違反と気づかなかったのは僕よりも警官の方で、その場は助かった。ホイールベース(前後の車軸間隔)が短いため山岳道路にはお腹がつっかえず良いのだが、アイスバーンでスピーンし、後ろ向きになったこともあった。派手な複葉機のイラストがペイントされたボンネットにも飽きて、米軍のミリタリー仕様にすることに決め、地金が現れるまで塗装を剥離して下地専用塗料で塗装の後、米軍横流し?のオリーブドラブの補修用スプレー缶をミリタリーショップで大量に買占め全塗装した。ボンネットにはB1サイズのイラストボードを型抜きして大きな白い円に白い星の米軍マークを吹きつけた。ボディサイドにも白い星を入れガソリン補助タンクにも星を入れた。全く米軍そのものになったジープで仕事の足にも使ったが、恵庭近辺で自衛隊の兵員輸送トラックの後ろに着くと隊員さん達にジロジロ見られて恥ずかしかった。このジープで冬の帯広へ撮影取材の帰りに日勝峠で吹雪かれ小さなワイパーは上滑りし危険な目に遭った。

芸は身を助く。

J2(2015-02-03 16.33.44)僕はクルマには「ツイテいる」。それまで大嫌いだったTVドラマを何気に見てしまった。フジTV系の「ご近所の星」と言うドラマの中で高円寺のフリーペーパーの取材記者役の三浦友和さんがJ2型ジープに乗っていた。或る日の番組最後にこのドラマのシンボルマークを一般公募し、賞品はドラマの中で友和さんが乗っているジープだと言うので、隣にいた幼い息子に「ジープ貰ってやろうか?」と言ったら息子がうなずいた。デザイナーの僕はその日のうちに官製はがき2枚の裏にポスターカラーと烏口コンパス、面相筆などを駆使して2点のマークを作成。デニム生地風の下地にステッチの輪郭を入れた星型マークの中にドラマタイトルを入れて投函した。年が明け、すっかり忘れていたところに、フジテレビからの電話でジープの当選を知った。何でも2万通ほどの中から2点とも最後まで残ったらしい。ドラマの出演者で三浦友和さんや十朱幸代さん、船越英治さんなどが審査員だ。友和さんと百恵ちゃんの結婚直前の年だったが、フジテレビで友和さんと会い、二人で雑誌や新聞の取材を受けた後にジープのボンネットに友和さんのサインを入れて貰った。雑誌やTVで知った全国各地の古い友人たちからたくさん電話があった。J2は古いタイプの4WDで、通常のシフトチェンジ用、4WDとFR切り替え用、HiとLowの切り替え用のシフトが3本もついていた。あれだけ欲しかった4WDをついに手に入れた。

三浦友和さんのジープ

Jeep(2015-02-04 16.51.08)僕はクルマには「ツイている」。冬の北見峠で危ない目に遭って網走に夜到着。予約も無しに宿を探した。幸運にも政府指定の観光旅館に一部屋空きがあった。新鮮な魚介鍋料理は寂しい一人旅の心に沁みるご馳走だった。1月3日、雨の網走に流氷は接岸せず、写真は一枚も撮れずに札幌に帰ることにした。釧路経由で走りっ放しで札幌に帰ったが、ソファにうつ伏せのまま暫く動けなかった。ドライバーズシートが柔らかく、お尻がめり込んで蒸れたため痔になってしまった。極寒のアイスバーンのFR車での長距離走破で冬の運転に自信がついたが、北見峠で遭遇したあの時のスバル4WDがうらやましかった。そんな正月休みを終え出社するとフジテレビの女性ディレクターから「おめでとうございます。友和さんのジープが当選しました・・・」?と電話が・・・。ジープといえば4WDだ。受話器片手に喜びで足が震えるのを覚えた。

駐車場つき新車?(月末締め日購入編)

或る日、自宅のシャワーで汗を流し一息ついた時、急に一台目の新車が欲しくなった。25日の日曜日の夕刻だった。あれほどアレコレ迷った車種だったが、もうサニーでもカローラでも何でも良かった。電話帳から探すことにして手に取ると、裏表紙になんと某ディーラーさんの2分の1ページ広告が掲載されていた。「渡りに舟」と探す手間が省けたので早速、会社に近い拠点に電話すると、営業部のS課長さんが電話口に出られた。僕「一番~安~いクルマありますか?」、課長さん「有りますけど、二番目に安いクルマをお薦めします」、僕「どうしょうかな?」、課長さん「一番安いグレードは、リヤウインドウに熱線が無いので冬場に雪が積もって見えなくなり北海道向きじゃあないんですよ」、僕「わかりました、じゃぁ検討します」と、電話を切ろうとした時、課長さん「待ってください!月末で後1台なんです!今買っていただければ何でも言うこと聞きますから」と。僕「エアコンがあればいいですよね・・・・・・」、課長さん「いいですよ」、僕「それから・・・・・もう一つだけ無理なお願いがあるんですが・・・」、課長さん「何か・・・?」、僕「御社と会社が近いので駐車させてもらえませんか?・・・・・」、課長さん「いいですよ・・・実は今日は月末締め日で、営業も全員出払っていて、私は彼らからの報告待ちで出かけられないので、今すぐ判子持って来ていただけるなら」と。僕はすぐに自前全塗装のサニーで出かけて契約した。さすがにサニーは査定どころか廃棄処分料が必要だった。それから僕は毎日会社へクルマ通勤し、すっかり運転が身についた。1年半ほど駐車させていただいたが、さすがに気が引けて、他に駐車場を契約した。月末になるとこんな事を思い出す。「S課長さん、あの時は我がままを聞いてくださり、本当に、ありがとうございました」

6,000円のクルマ?(1台目を自分で全塗装)

僕はクルマには「ツイている」ほうだと思う。苦労して何度も仮免を受け、やっと取った自動車免許もペーパー・ドライバーで2年が過ぎた頃、仕事を通じての友人から「ホンダの新車を買うから今乗ってるクルマを預かってくれないか」と。下取り査定もつかないサニーの2ドアだった。彼は高層住宅で2台駐車できず、数台も停められる当時の僕の庭が思い浮かんだらしい。乗るつもりも無く引き受けたが、意外に彼はこう切り出した。「5,000円であげるから、乗らないかい?」、僕「クルマを?」、友人「保険・税金は自分で払ってくれればね」、僕「5,000円でくれるの?」、友人「うん、いいよ!」、僕「・・・5,000円じゃあ悪いから6,000円払うね」。これが最初に手に入れた車だった。庭に置いてしばらく眺めていたが、ボディの色褪せが気になりだして全塗装する事に決めた。もちろん自分の手で。初めての全塗装なのに何故か自信たっぷりだった。それもデザインの仕事でスプレーガンなどの使用経験があったからだ。チラシやら新聞紙をガラス面にマスキングテープで貼り、ニッペのクルマ用スプレー缶を大量に買い込んで庭で「塗装大作戦」が始まった。洗濯物に飛び散らないかと近所の人々が嫌な顔をした。二本のストライプも決め、コンパインドで磨き、完成した。その夏、小樽から敦賀までフェリーに載せ家族旅行に出かけた。未だ頼りない運転の僕のサニーは高速道路で大型トラックにあおられ、何度も怖い思いをした。途中で雨に会い、マニアル・フロア・シフトの破れたカバーの隙間に走る道路面が見えてゾッとした。思い出せば、前シートを倒して後席に乗る度に床の薄い鉄板も「ポコン!」と鳴っていた。極め付けはトランクを開けた時だった。あまりにも泥が入っているので調べると、トランク内部のタイヤハウスの鉄板が錆びて穴が開き、そこから泥水が進入したことが判った。応急処置でボロ布を詰め込んで北海道に帰ってきた。怖いドライブ旅行だった。北海道の冬を何度も過ごしたボディーはいろいろ問題があったが、エンジンは古さを感じさせないほどに元気だった。この後、次のクルマ探しが始まるが、廃車同様の中古車?のトラウマで、今度は新車が欲しくなった。