40代の小太り酔っ払い男。

前職で同じ方角に帰る女の子を乗っけて帰ることになった。彼女が家族と住む郊外のマンションの広い敷地の青空駐車場に乗り入れた。駐車する必要もなく、停車状態で昼の出来事を談笑。すると、変な男が助手席のガラスをこぶしで叩いた。ウインドウガラスを下げると「何でこんなところに停めるのよ~迷惑だろ」とでかい声を張り上げた。「ここの住人の人を送って来たのでちょっと停めているだけで、直ぐ出ますよ」と、「BMに乗っているからって偉そうにするんじゃあないよ」などとブツブツ喚いて離れない。完全に酔っ払っているのでクルマを動かそうにもぶつけたなどと口実を与えてもかえってこじれる。残念だが、ここは引き下がって早く帰りたい。丁重に「お邪魔して申し訳ありません。すぐにどけますので、とりあえず、この人を降ろさせていただけますか」。「あんた、ここの人?」。やっと少し理解したのか、今度は別のクルマに向けてイチャモンを付け、よろけて歩き出した。彼の喚き声はマンションの谷間に響いて住人も窓から顔を出したほどだ。不満分子の酔っ払いは大嫌いだ。こいつも40代の小太り男だった。きっと、いい死に方しないだろう。

絡んでくる40代小太り変態男。

昨年の10月の日曜日、イベントの撤収を終え、夜の11時過ぎ、クルマも走って居ない国道36号を東に走行中、前方に2台の軽四が真横に並んで道を塞ぐ形で走っていた。疲れていて眠くなるので早く帰りたいが、夜にクラクションは遠慮したい。この2台はピッタリ横に並んで進路をふさいでゆっくりゆっくり走っている。よく見ると左車線の軽四は慎重な運転の若い女性のようだ。これは初心者かも知れないし慎重運転も仕方ないかと・・・。右車線の軽四を観察すると男が運転。接近しても進路を譲らない。左右に振っても一向にどかない。このまま2kmほど走っていたが、どうやら男は女性の軽四を意識して併走しているストーカーのようだが、明らかに走路妨害だ。交番前を並列の軽四2台と、その直後を僕のBMWがゆっくり通過。いい加減にして欲しいが、家にも近づいた国道上で前の男の軽四が急ブレーキ。慌ててブレーキをかけてジッとしていると又走り出す。そしてまたブレーキ。そのまま停止していると、軽四のドアが開いて小太りの40代男が降りて来て、僕のクルマの方に近づいてきた。運転席のガラスをゲンコツで叩くのでウインドウ・ガラスを下げた。と、男「何であおってるのよぉ~!制限速度で走っているのによぉ」と。僕は50km/h制限のところを多少オーバーはしていたが、交番も近いので。適当にいなしてサッサと早く片付け帰って眠りたいので,「あおったつもりはないんですがね~そう感じたらごめんなさいね」と。男は「BMだからってスピード出していいのかよ~!」と自分の正当性をブツブツ主張しながら国道の真ん中に停めた自分の軽四に戻り、今度は猛速で走り出した。また先ほどの女性の軽四を追っかけるつもりか?僕は自宅方向に右折して戻って即、爆睡したが、気分の悪い一日の終わりになってしまった。ところで、ストーカーに狙われた様な軽四の女性は無事に巻いたのだろうか?僕にとってヤツは走路妨害だが、ヤツにとってはナンパ妨害にでもなったのか?女性ドライバーの夜の運転は気をつけた方がいい。そのまま走り続ければ、大曲や恵庭方面にかけてだんだんさびしい暗い郊外になって『変態ドライバー』にずっと並んでつけられたら、さらに危険な事態になっていたかも知れない。ヤツのような一方的な考えだと、自分で併走しておきながら女性がいつまでも自分と一緒に並んで走ってくれていたので受け入れられていると勘違いし、とんでもない行動に出る可能性も無きにしもあらずだ。暇な変態には付き合うな!

事故。(1)走る棺桶?

交通安全運動が始まっているが、クルマの事故は絶えない。昨日も2件に遭遇した。もう少し早く現場に差し掛かっていれば巻き込まれたかも知れない。
一つ目の事故は幹線の左側が道路工事で狭くなっていたところで三重衝突が起きていた。工事に気づいたクルマが急に車線変更したのか?道路工事など遠くからも視認出来る訳で、ゆずりあいさえ励行すれば事故は防げるケースだ。
もう一つの事故は軽4輪が歩道の防護柵に突っ込んだようだ。その交差点は信号の変わりが早く、右折待ちのクルマが曲がろうにも、黄色でも直進車がスピードをあげて来て譲らず、右折は1台でも曲がる事は難しいし、赤信号で曲がるしかない。
譲らない運転マナーは最低だが・・・・・
黄色信号の間隔をもう少し長くすればこのような事故も防げるのでは無いだろうか。
ところで歩行者を巻き込んではいなかったのだろうか?防護柵は根元から折れていた。
軽4輪車の暴走が目立つ。ターンシグナルランプも点けずに必要以上な割り込みや、街中で過激な走りをする。走る棺桶に乗っているようなもので、クルマは人間の命を守れるほど強くはない。

エマージェンシーブレーキ。

今度の車『218i アクティブツアラー』はスタンダードモデルながら自動ブレーキが付いている。まだ、実感はないが、試すには相当な勇気が要る。人にもクルマにもモノにも反応するらしいが無難なモノと言えば電柱か?壁か?・・・でも、これまでの経験で怖くてとても向かっては行けない。緊急時に、本当にブレーキはかかるのだろうか?・・・もう10日も経つが今でもまだ試していない。以前に緊急ブレーキ付きの新車発表会を或る国産メーカーのディーラーさんで開催。来店されたお客様に体験していただこうと企画した。当日安全を期すため、万が一衝突しても大丈夫なようにレーシングコースの第一コーナーのようにマットレスに向かって進入する方法で準備した。当日、たぶん最初に乗車したお客さまだと推測するが、残念な事に、万が一の事故が起こってしまった。センサーのシステムがマットレスを認識しなかったのだと思われる。その後各メーカーはシステムを改良していると思われるが、それにしても準備段階で、なぜ試せなかったのか疑問も残る。ディーラーさんはメーカーを信じていたのか?人名に関わる事だけに、いろんなケースで安心できるシステムに完成させてから世に出していただきたい。しかし、北海道の冬のミラーバーンでは自動ブレーキには頼れないので、やはり普段から注意走行が基本だ。

スクーター盗難事件!

Honda_DJ-1R澄川は緑ヶ丘の高台に住んでいた頃、写真の限定モデルのスクーターを購入。ヘルメットも同色の限定版だった。じゃじゃ馬のようにパワフルな、レーシングモデルのスクーターでウィリーをして遊んだ。自衛隊前駅の裏口に駐輪中にカギを壊され、少し離れた自転車屋でカギの修理を依頼。店主らしき人にワイヤー・ロックまで進められ、早速ふたたび自衛隊前駅裏口の鉄柵にワイヤーを通してロック。二重三重のロックですっかり安心していたが何とカギを治した翌日それも白昼堂々と?キレイに盗まれてしまった。
大胆にワイヤー・カッターで切ってワンボックス・カーや軽トラに載せれば人目につくと思うので、まん前のクリーニング店のおばさんに聞いても知らないと言う?いったいどうやって盗んだのか?買ったお店は狸小路あたりにあったオートランド。ローンも丁度払い始めたばかりだ。限定モデルで人目につきやすかったのは確かで狙われていたに違いない。腑に落ちないのはカギを治した翌日。それもエンジンキーもなく、前輪タイヤをロックするダイヤル・キーと、同じくワイヤーを鉄柵を通してダイヤル・ロックしていたものが跡形も無く一瞬に無くなるなんて?理解できない。素人には出来ないテクニックだ。犯人はプロの窃盗団か専門家の仕業に違いない。平岸通りの交番に届けたが『すぐに見つかりますよ』と、あれから28年間も経つが、未だに見つかっていないようだ?こんなに目立つDJ-1 Rを警察は捜してくれたのだろうか?倶知安のサーキットにマーチレースを撮影に行った時に同じモデルのカウルをはずして乗り回している奴がいたが残念ながら速くて確認はできなかった。他人のモノを盗む奴は死ねばいい!・・・しかし、他人のためにスクーターをローンで買ってやって人身事故など起こされた日には一体どうなるのだろうか?登録上の所有者?に責任があるとしたら腹立たしいが、全く腑に落ちない怖い話だ。この前通りかかったが、あの自転車屋のあったところは別の店になっていた。
DJ-1R
F-1ウィニングスペシャル
1986年ウィリアムズ・ホンダコンストラクターズタイトルを記念して
限定発売されたモデル

悪魔のジョーク?

新車を購入した直後のこと、ディーラーさんの駐車場にバックで入れている時、何やら鈍い音が『ガリッ!』とした。停めて降りて見ると、大きな看板の基礎部分のコンクリートで左ボディをこすってしまった。慣れないクルマと入れ慣れない駐車場とは言え、こんなコンクリート魂の基礎があるとは、まったく把握していなかった。ガッカリしているその時、僕と顔なじみのディーラーさんの『悪魔君』がつぶやいた。『看板、大丈夫だったかなぁ~?』と。僕は腹いせに『基礎の修理代いくら・・・?』と、彼『100万もあればいいんじゃな~い?』、僕もすかさず『えっ!安っすいっすネエ~!』と応酬した。・・・『負けるもんか!』。

川に落ちそう!(でも落ち着いて・・・)

秋の夜、思い立って石狩市花川の辺りへ小学生の息子を乗せ、スバルのツーリングワゴンでススキの穂を取りに出かけた。仕事で何度も通る農道の裏道に丁度手ごろなススキの穂を見つけた。横に川が流れている草むらの土手の横道にバックで侵入した、その時!右後輪が濡れた草でズルズル滑って土手の路肩を踏み外し、クルマのフロントが空を向く形でようやく停まった。当然ながら左前輪も浮いた形で、グラグラした状態の運転席で下手に騒げば2m以上もある川に転落するかも知れないと、サイドブレーキをいっぱいに引き、「絶対に動くな!」と息子に言って運転席ドアを恐る恐る開け、川に下りた。人家の無い小雨の中、時折通るクルマに手を挙げても誰も停まってくれず、付近を物色。電柱ほどの丸太があったので必死に運び滑落した右後輪側に斜めに渡して運転席に乗り4WDレンジでゆっくり脱出を図ったが、右後輪は濡れた丸太の上を空回り。こうなれば「牽引しか方法がない!」とは言え、ポケットベルしかない時代、しかも夜の10時は過ぎようかと言う月明かりの農道を走って一軒の民家の呼び鈴を押した。そのお宅では既に家族の就寝時間だったが、事情を説明して運よく電話を借りることができた。知り合いの整備工場の社長に電話で牽引をお願いし1~2時間後無事救出して貰った。助手席の息子は既に眠ってしまっていた。空に向かって傾いたクルマのフロントガラス越しに見た風情の無い「中秋の名月」だった。

雪の北陸自動車道(マカロニ編)

北海道で、まだスパイクタイヤが履かれていた頃の冬、僕は福井の実家にクルマで行くことにした。小樽からフェリーで敦賀に降り、すぐに北陸自動車道の敦賀インターチェンジに入ろうとして入口で警察官に停止を命じられた。警察官「チェーンを巻いてください!」。僕「えっ?・・・持っていませんが?」。警察官「規則ですから」。僕は必死に説明した。「チェーンより僕のマカロニ(スパイク)のほうが雪道に効きますが・・?」と。警察官「マカロニ?・・・・」。(警察官の頭に一瞬パスタでも浮かんだに違いない)北海道の常識がなかなか理解されず説得にかなり疲れた。

気をつけよう!(タクシーとの事故)

僕はタクシーとの事故を二度経験したが、二度とも苦い思いをした。一度目は吹雪の中の大通を走行中に交差点に入った状態で前が詰まり信号が変ってしまった時だ。クラクションを鳴らされバックすると、トンと何かにぶつかった。ドアミラーには雪がびっしりくっついて後ろが見えなかったところにタクシーが急接近していたのだ。運転手『どこ見てるんだ!』、僕『すいません、雪で見えなかったもので・・・』、2台で近くの交番へ行った。運転手『この人が猛スピードでバックして来たのさ!』、僕『ゆっくりさがっただけですけど?』、運転手『首が痛いみたいなんだ』、僕『そんな衝撃ならクルマも両方とも引っ込んで、僕も鞭打ちだよね。エアバックも開いていないし・?』、警察官『コン!と接触したようだね』と笑っていた。一部始終保険屋さんに報告した。二度目は片側二車線の幹線から右折して小路に入ろうとしたが、タクシーが出てきたので少し曲がりかけの状態で一時停止し待機。タクシーは左右確認していたが、前を見ずに直進し、僕の運転席側ドアに右バンパーからぶつかって来た。運転手は乗客を降ろして車の中。僕が近づいて窓ガラスを開けさせ『どこ向いて運転してるんだ!』と、運転手『今、会社に連絡したのでこっちに着くまで待ってもらえますか・・』と。その後、運転手は口を閉ざしてしまった。当事者同士で話すべきところを会社に委ねた運転手に腹が立ったが、その事故処理担当者がやってきた。担当者『あんた、これから〇〇交番に行くので、後で来て』と。〇〇交番に行くと既に担当者が事故報告を済ませていた。してやられた!また有る事無い事を先手報告したに違いない。停まってあげているところに一方的に突っ込んで来たタクシー運転手が100%悪いに決まっているし、当事者ではない者が事故報告もおかしい。担当者『ウチは塗装工場もあるからウチで治しますよ』と。どうせ焼付けもいい加減な天婦羅塗装でごまかされるのを知っていた僕は『いいえ、お断りします!自分のディーラーさんから請求させていただきます』と。その間代車を貸すと言うので借りてみた。セドリックの旧型で案の定、あちこち補修痕を見ると天婦羅塗装で引っかけば剥がれるほどお粗末だった。保険会社からは、公道上での事故は100対0%はありえないと言われたが納得できず最後まで食い下がったが事例がないとの事で90対10%とされた。タクシー会社からはタクシーの補修代の請求が来たが一切見ずに破り捨てた。その後音沙汰なしだった。タクシー会社は台数が多く無保険車で、その都度事故処理をしているらしい。しかし、不幸中の幸いで、助手席に小学生の息子を乗せていたが運転席側でなくて良かったと思った。

冬の北見峠?(間、一髪!)

1972札幌冬季オリンピックの時、スバルの5ドア4WD車が五輪のオフィシャルカーとして活躍した。あの時競技場の恵庭岳や手稲山でスバルの4WD車をよく見かけた。当時ジープなどRVタイプ以外の乗用車タイプの4WDは珍しく僕もあこがれた一人だった。いつかは4WDに乗ってみたいと思い続けていたが、数年後の正月、一台目に購入の新車のFR車にカメラ3台、防寒具、ガソリン補助タンクを積んで一人で網走まで写真撮影に出かける途中の出来事だった。珍しく雨まじりのシャーベット状の北見峠の急な上り坂はFR車には後輪のグリップをやっと保つほどでアクセルのコントロールに気を使った。右カーブに差し掛かった時、山陰から大きく膨らんで曲がってくる対向車に一瞬ハンドルを左に切って避けようとした途端、僕のFR車は左外に流され雪に突っ込んで、一瞬にしてフロントガラスが雪で見えないまま停まった。何が起きたか理解できず、恐る恐るドアを開けた。意外にも元の道路に戻っていたのだ。夢中でカウンターステアを切っていたのか?僕のクルマの脇をスバルの4WDに乗った若者のスキーヤーがゆっくり眺めながら走り去った。ライトもガラスも割れず、クルマも僕も無傷で済んだが、状況を見て驚いた、峠の除雪作業車が谷に落とし切らずに残した雪山が僕を救ってくれたのだった。あの雪が残されていなかったら、谷底に転落していたと思った瞬間、頭の血がサッと引いたのを今も鮮明に覚えている。あれだけ用意周到で、安全に日中の峠越えを考えていたが、真冬の峠はいつも危険がはらんでいる。下りの車にしても、大きく膨らんだ原因は路面状況とスピードの出しすぎだと思われる。この時、すれ違ったスバルを見て、4WD車の30万円の差額も、人命を考えれば、決して高い買い物ではないかと感じたものだ。