あの時は「ごめんなさい!」(1)

幼い子供には手を焼く。何をやらかすか分からないからだ。そんな僕もおんなじだったと、今になって反省している。小学校低学年の頃、竹馬の友のM君と僕は暇さえあれば一緒に悪いことばっかり思いついた。例えば、近くの農協のトラックは僕たちの格好の素晴らしい教材?だった。大切なトラックは木造の大型車庫に格納される。農協が休日のある日、僕たちの計画実行の日だ。まず、大きなカギの掛かった車庫に潜り込むための作戦として道路から見えない裏手の地面を掘りだした。子供の体が通れるだけの穴から次々と車庫内に潜り込みボンネットを開けた。プラグを抜き、バッテリーを外して潜り込んだ穴から脱出。アジト?にしていた小屋に運び、戸外で分解。内部が一体どんな構造なのか知りたくて壊して見た。すると銅板の網状のものと銅線のコイルと液しか出てこなかった。ガッカリだ。しかしもう元には戻らない。翌日トラックは動かず大騒ぎになった。また、或る時は走行中の小型トラックの後ろにぶら下がり、荷台に飛び乗って隣村まで行ったりもした。バスも同様に後ろのバンパーに乗って次の村の停留所まで無賃乗車?した。危険な遊びだったが、今ほど交通量もなく、のどかな田舎での冒険だった。あの時は『ごめんなさい!』

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