空飛ぶスバル?(手稲山編)

親子ほど年の差があった飛行機乗りの兄から聞いていた日本の零戦(0式戦闘機)は、軽量で運動能力に優れていて敵機には恐れられる存在だったらしい。それで6,000円のサニーの鉄板の薄さにも、零戦の血が?と、うなづけた。終戦後の日本は、飛行機作りの優れた技術をクルマの製造に向け、戦車の技術を建設機械に向けた。大国相手に戦った日本やドイツは敗戦後は工業大国に急成長している。技術力を海外に拡げ、工業後進国に指導した。その国々も今では日本を脅かすほどに発展している。僕は仕事柄、カメラマンと空撮に同行しセスナに乗ることも多かった。標高500mくらいの手稲山のスキー場空撮の時は何度も何度も旋回して、ようやく頂上まで上昇した。パイロットに聞いたが、エンジンは小さなスバルだと。大阪で従兄弟に乗せてもらった前開きドアのスバル360(ビートル)を思い出した。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です